秋元順子は花屋の店員?そこからのメジャーデビュー?
秋元順子さんはもともと歌うことが好きでした。
ただ、子供の頃は、男の子みたいな声といわれることもあり、歌うことにコンプレックスもあったようです。その後、音楽大学に行きたかったものの、ご自身の生活環境から実現はかないませんでした。
高校を卒業後は大学には進まず、石油会社に入社してからはハワイアンバンドで音楽との接点を持ちます。でも結婚をきっかけに退職し、花屋に嫁いでからは音楽を休止してしまいます。子育てもあって音楽とは無縁のまま、時が流れました。
しかし、歌声を披露せざるをえない食事会で人前で歌う機会があり、それをきっかけに音楽に対する情熱が蘇ります。旦那様の了解を取り付け、花屋との両立をしつつも音楽活動を再開したのです。
ちなみに、花屋は武蔵野市や江東区に数店舗あったのですが、現在はすべて閉店しており、永木行はしていません。
しかしながら、花屋との両立は容易ではなく、本人自身は苦悩することもありましたが、娘さんからの「とことんやったら?」という一言で奮起します。
その後はジャズを勧められて、ジャズクラブで歌声を披露するなど活動します。インディーズのCDを出す機会に恵まれ、更にメジャーデビューへ。その時が御年58歳でした。そして61歳にして、紅白歌合戦史上、最年長での初出場を果たしたのです。
人生まだまだチャンスがある、ということを教えてくれる経歴に感じました。50台を迎えた筆者にとっても勇気を与えてくれました。
ご本人はメディアの対談で「きっと神様が『あなたは58歳まで勉強しなさい、人脈を作りなさい、歌もたくさん覚えなさい』っていう時間をくれたんだな、今思えばありがたいことだったなと思っています」と振り返ってます。筆者も50台に入って人生の限界を感じていました。それだけに心に刻みたいフレーズに思えてならないです。

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