都倉俊一さんはピンク・レディーの作品をはじめとする作曲活動の一方、最近では文化庁長官を務めるといった話題のある方です。
この方の結婚に関する事情が気になる方もいらっしゃるかと思います。
結婚にかかわる過去の歩みをとり上げます。
都倉俊一の現在の妻は一般人女性!再婚の馴れ初めとは?
都倉俊一さんの現在の妻は一般人女性です。
都倉さんは、長年にわたり日本の音楽界で活動してきた作曲家で、2006年に一般女性と再婚しました。
ただし、一般人女性であることから、都倉俊一と妻が出会った時期や場所、交際の経緯など、再婚の馴れ初めを示す公開情報は限られています。
私は、ピンク・レディーの作品や阿久悠との仕事で知られる都倉俊一さんが、かなり時間を経て再婚していたと知り、少し意外に思われました。
作曲家としての華やかな活動に目が向きがちですが、人生の節目を静かに選んできた人物像も伝わります。
都倉俊一と増田恵子との関係は?!
都倉俊一さんと増田恵子さんの関係を、都倉俊一 妻という検索語から気にする人もいるようです。
増田恵子さんが都倉俊一の妻だったことはありません。
両者を結び付けるのは、ピンク・レディーを通じた音楽の仕事です。
混同しないため、関係を整理します。
増田恵子さんはピンク・レディーとして活動し、都倉俊一は日本の歌謡界で多くの作品を手がけた作曲家です。
阿久悠さんと組んだ作曲でも知られる都倉俊一さんの歩みをたどると、歌手と作曲家という仕事上の接点が、私生活の関係があったと受け取られた可能性があります。
作品づくりでは、女優や歌手など多くの人物が関わります。
都倉俊一さんと増田恵子さんについても、活動上のつながりと結婚歴は分けて確認したいところです。
ただ、この後で触れる前妻との交際のきかっけは作品が関わっています。
都倉俊一の前妻との結婚生活は?
都倉俊一さんの前妻は、女優で歌手の大信田礼子さんです。
2人は1974年に結婚し、1978年に離婚しました。
大信田礼子さんは女優、歌手として活動した人物であり、都倉俊一さんは日本の音楽界で多くの作曲を手がけてきた作曲家です。
ピンク・レディーの作品などが広く知られる都倉さんだけに、私生活で女優と結婚していた経歴に驚く人も少なくありません。
1973年に都倉さんが作曲した♪「同棲時代」を大信田礼子さんが歌ったことをきっかけに交際が始まり、結婚に至りました。
大信田さんは当初、結婚をためらったそうですが、1つのことがきっかけで結婚を受け入れました。
「音楽界の貴公子と呼ばれていた都倉は女性にモテた。手帳に女の電話番号がいっぱい書いてあるからイヤだと大信田が結婚を断ると、都倉はその場で手帳を破って暖炉に投げ入れた。それに感激して思わずOKしたというんです」
日刊ゲンダイ プレイバック芸能スキャンダル史 2013.4.4より
こんなことあり得る?と思ってしまいましたが、ある意味、同業種ならではのことなのかもしれません。
結婚をきっかけに大信田礼子さんは芸能界を引退します。
しかし、良好な結婚生活は長く続きませんでした。
76年夏、大信田の知り合いが自宅に遊びに来た時のことだった。帰り際に、都倉はその女性に向かって「もう二度と来ないで」と言ったのだ。自宅では大信田と2人だけでいたいという本音をそのまま漏らしてしまったのである。
そうしたことが重なり77年9月末、大信田はついに渋谷の自宅を飛び出した。都倉はまだ修復がきくと思っていたが、大信田の決意は変わらなかった。
日刊ゲンダイ プレイバック芸能スキャンダル史 2013.4.4より
都倉さんが正直に思ったことを口にすることが影響し、関係性を悪くしていったようです。
そして1978年には離婚に至ります。
ちなみに、大信田礼子さんは離婚後、芸能活動を再開しています。
都倉俊一さんについて、筆者は作曲した作品のイメージしかなかったため、このような過去に驚きを禁じえませんでした。
しかし、作曲家の作品としてのセンスと私生活の在り方は全く別物であり、ここは人それぞれなのかと改めて感じるところです。

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