70歳を過ぎた原田悠里さん。小学校教師から歌手になるという異色の経歴です。
歌手活動が生きる糧となっており、独身を後悔していません。
原田悠里 現在は?
原田悠里さんは70歳を過ぎましたが、元気に歌手活動を続けています。
歌手という仕事に対する思いは強く、25年以上もジムに通い続けて、健康維持を心掛けています。
ジムに行かないときでも歩くことを大切にしています。こうした努力もあって体型も維持されてます。
ディナーショーでの衣装について、歌手仲間の坂本冬美さんからは、「年を追うごとにスカートの丈が短くなっているように思える」と言われるほどです。
昨年9月には、手に5針を縫うほどの怪我をして救急病院のお世話になる事態となりました。
それでも、翌月のコンサートはしっかりこなしました。
新曲発売を控えた時期でしたが、「けがをしたことで“厄落とし”になったはず」と語るほどです。
歌に対してまじめで一途な人柄が伝わってきます。
ここまで自分の仕事を天職として位置づけ、生涯をかけて貫きたいと思えることって、なかなか無いと思います。尊敬と共に、羨ましい気持ちも抱いてしまいます。
原田悠里 独身
原田悠里さんは結婚していません。
ただ、独身を貫いてきたことに後悔をしていません。
相棒が欲しいという気持ちもなかったようで、自分のことで精いっぱいでペットを飼う余裕もありませんでした。
原田さんは二葉百合子さんの指導を受けており、その仲間である坂本冬美さん、藤あや子さん、石原詢子さん、島津亜矢さんとはライバルでもありながら親しい間柄です。「二葉組」と称して仕事以外の場でも時間を共にしています。
原田さんは第一線の歌手として人生を全うしたい思いが強く、仕事に満足しているので「何としても助けてほしいという気持ちもない」とキッパリ。
なので、年齢を重ねても見守りサービス等は利用する気もありません。先述の「二葉組」も心強いのかもしれません。
しかしながら、この世代の方で独身であることに後悔しないと断言できる方は珍しいように思えます。
原田悠里 プロフィール
熊本県天草市の出身。
鹿児島大学を卒業後に上京して、2年間は横浜市の小学校で音楽教師をしていました。
歌手に対する憧れは昔からあったと思われ、音楽教師になったのは、上京する理由として親を納得させるためだったと本人が語っています。
教師を辞めてからはクラブ歌手などの時期を経て、北島音楽事務所に入ります。
1982年「俺に咲いた花」でレコードデビュー。1999年の「津軽の花」がヒットし、2001年まで3年連続で紅白歌合戦への出場を果たします。
現在も歌番組やコンサートなど精力的に活動を続けています。
原田悠里 まとめ
原田悠里さんは70歳を過ぎた今も精力的に歌手活動を続けています。
健康に気を配りつつ、歌手活動に邁進。独身を貫いています。

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